2007年12月25日
昨日はクリスマスイブだというのに仕事・・・・・
それも、朝3時まで・・・・

結局ひかり二度目のクリスマスはケーキの無いクリスマスとなってしまったのだった。(←サンタさんは来たらしい)


ツマは順調に退院に向けて準備中。28日退院の予定だ。
(10日から入院しているので述べ19日間も入院していたことになる。)

週末は外泊し家でゆっくりするが、
なかなか血糖値は安定しない。(←これが安定しないと退院できない)
帰宅途中スーパーを歩き回っただけで疲れてしまったり、
職直前の血糖が低めの状態で食事を取ると更に低血糖になったり・・・

まだまだしばらくは手探り状態が続くと思われる。

2007年12月21日
ツマの体調はかなり回復してきている。

今日は退院に向け外出が許可された。

もちろん行き先は事務所。

手ぐすねを引いて待っているわけだ。


週末には外泊も可能になると思われる。
(↑外泊で自宅に戻るというのもなんとも奇妙な感覚)



ようやく少し落ち着きを取り戻してきた清水家だが大変な事に気がついた。
ぴーが風邪を引いて、自分も感染して、ツマが倒れて、そんな状況下であるにも関わらず、徹夜の連続だったりなんだり・・・・・・・



今年、あと10日しかない・・・・・・・・


年越しを来年に持ち越すこと確定か?!

2007年12月20日
人生何が起こるかわからない。



今回の清水家風邪騒動は思いもよらぬ展開となった。

4日の夜にぴーの嘔吐に始まり
5日に自分も感染。
6日にはツマも体調を崩していた。

7日、自分はいつものように朝早から現場。
実はツマは既に体調が悪く実家の車で送り迎えで出社していた。
体調は極めて悪く仕事も手につかず事務所で養生していたらしい。
結局その日は実家にて養生することになった。

8日土曜日、実家からそのまま朝一番で病院に行く。
やはり風邪と診断され点滴となる。

清水家にとって点滴とは一大事である。
今は現場作業も終わり昼食は外食、時間が取れたので点滴中のツマの様子を見に病院へ行く。点滴中空腹を訴えるツマに看護婦の了承を得てゼリー飲料を与える。

更に、土曜日と言うことで仕事を3時に切り上げ、実家に戻ったツマとひかりを回収して帰宅。


めったに打たない点滴を打ったのに体調は全く改善されない。
病院を頼ることの殆ど無い清水家にとって点滴は最上級の治療方法に位置する。その点滴の効果が殆ど見られず流石に焦りが出てくる。

家で療養となったが、30分〜1時間おきに水を欲しがるツマ。
固形物を殆ど口に出来ない為ゼリー飲料やポカリ、水ばかりを大量に摂取していた。手足の痛みも出てきていたが、点滴を打つとそう言う症状も出ることがあると聞いていたので、点滴ってそうなんだ〜と、勝手に納得。

9日日曜日早朝になっても殆ど改善されない。むしろ症状は悪化し衰弱していく。
休日だったので救急病院を探した。

朝一で近くにある病院に到着。
病院は朝一で行ったにも関わらず同じ症状(吐気・下痢等)の患者とインフルと思われる患者で大盛況。
インフルを貰ってこないことを祈りつつ診察を受る。
すでに椅子に座っていられない状況だったが、他にもうずくまりベットを借りている女性も見受けられ風邪の破壊力の強い風邪なんだと勝手に思い込む。

ツマはかなり朦朧としていたが、結局その日も風邪と診察された。


吐き気が収まらないことから、吐き気止めの点滴を受ける。
そうとう同じ症状の患者が居たようで、ツマと全く同じ点滴が2つ、3つと出て行く。点滴を受けている横で他の患者と医師の会話が聞こえてきたが、症状も、処方されている薬も全く同じものだった。

やはり、この風邪は流行っているんだ・・・・・・と更に勝手に思い込んでいた。



日中から夜にかけても全く症状は改善されない。
脱水症状は更に進み手足は老齢者のように変化していく。
手足には紫色にあざのようなものが出てくる。


相変わらず30分〜1時間おきに水やポカリを飲むツマ。
自立も間々ならに状態になり、様子を見ていたが状態は更に悪化していく。

2日連続で病院で風邪と判断されていて風邪であることは間違いない。
しかし、破壊力の強い風邪なんだと思いたいが、一向に改善されない。
もしかしたら、ノロやロタでは?と疑いたくなるが・・・・・

3日間何も食べていないのでゼリー飲料やポカリを進め飲んでいたが、尽く吐く。


今思えばこの看病、看病ではなく殺人未遂行為だった。(←詳細は追って)


10日月曜日朝、仕事も架橋に入っているのでツマを病院に見てもらい安心してからぴーを保育園に預け現場にいくつもりだった。

朝一で病院に行く予定だったが、ツマは意識が朦朧としている。
とても置いていける様な状態ではない。
立とうとしても直に座り込み自立も難しい状態を目の当たりにし、救急車よ呼ぶべきかどうか悩む。
(本当に単なる風邪であればナゼ救急車を呼んだのか叱咤される可能性があり躊躇する)
結局8時を過ぎていたので、かかりつけの病院に電話で状況を説明し指示を得ることにした。

ここから事態は急変。総合病院を紹介される。

かかりつけの病院の説明では「脱水がヒドイので点滴で療養すれば一日もあれば退院できるでしょう」「腎臓の数値も心配なので専門医に見てもらった方が安心」との説明だったのでとりあえず一安心し病院に行く用意を進める。

しかし、状態は刻々と悪化。

強引にツマを車に乗せ、ぴーを保育園に押し付け、病院到着。


ツマは既に歩けない状態となっていた。
車椅子にて診察を受けたが・・・・


医師が一目見て看護婦に発した言葉
「こんなところに連れて来てどうする、今すぐ入院の手続きを済ませてもらって病室に移動しろ」(←流石に焦った!)


即入院と相成った。

感染症の疑いもあるため個室となる。(←ベットが空かず特別室だった事を後で知る)


採血を行い病状を確認。


間もなく、医師数名が駆けつけ物々しい雰囲気となる。(←本当に走ってきた)
再度精密な採血、血糖値の確認、心電図、心拍、血圧を自記録する機器が取り付けられ、点滴も始まり物々しい状況となる。


消化器内科・内科・血糖病の医師から説明を受ける。

血糖値が異常に高く危険な状態。
この状態が長く続けば命に関わる為、直ちに集中治療に入る。
治療はインスリンを投与が必要。
いずれにしても予断を許さない状況。
最後に、あと一日遅かったら生死に関わる自体になっていたかもしれません。と説明された。


この時ツマの血糖値821
(通常80〜110の間)


点滴で徐々に血糖値を下げていくが、その過程で血液のPHが急激に変化することもあり意識不明の状態になることもあると言う。
予断を許さない状況だと言うことなので自分も病院待機となる。


風邪では無かったのか?
1日療養入院すれば大丈夫だったのでは?
と、あれこれ交錯するが・・・・・最新医療が徐々に謎解きしてくれる。


集中治療状態になったツマは、インスリンを投与しながら、30分おきに採血し血糖値等をチェックしていく。

医師の問いかけにも曖昧にしか受け答えできない状況が続く。
注射等の痛みにも殆ど反応しない。

1時間後には600まで下がり、2時間後には500まで下がるがここで、意識不明となる。

投与する量を減らしつつ更に点滴を続け10時間後血糖値は300台となり山は越えた。


紫色になった足のアザのようなものも徐々に消えて、手足も見た目に回復していく。脱水症状が進んでいた為最初は採血で血管を捜すのが難しい状況だったが、夜中には自慢の血管が再生し始める。

朝には意識が戻るがまだ朦朧としていて目の焦点は合っていない。

ここからは徐々に回復し、医師の説明通り2〜3日は朦朧としていたが、意識の回復と共に食欲も回復。

20日現在、食事直後に空腹を強く訴えるまで回復するに至った。


結局、今回の一連の検査で風邪は引き金に過ぎず「糖尿病」であったことが判明した。


とにかく、無事とはいかなかったが最悪の事態は脱することが出来たのだった。

2007年12月15日
人生のターニングポイントから数日が過ぎた。


とりあえず最悪の事態は免れ、落ち着きを取り戻しつつある。


詳細説明はツマの独り言を待ってからにする。




こんな局面だというのに(←こんな局面だからこそ?!)冷戦勃発・・・・・


お蔭様で人生最大の危機も笑い話に転換されつつある・・・・(ヤレヤレ)



ちなみに仕事も忙しい。

月曜日締め切り・・・・あと、1週間は時間が欲しい。(←全然間に合ってない)

2007年12月12日

清水家最大の危機到来。


詳細は追って報告。


2007年12月8日
・・・・・・全滅・・・・・・


風邪、恐るべし!
病気や怪我とは無縁と思われていた清水家だが、アッサリ全滅・・・・・


4日の夜突然の嘔吐から始まったぴーの風邪は、
5日には自分にも伝染
7日にはツマも・・・・・
特にツマの症状は酷く完全な脱水症状に陥ってしまった。(現在療養中)


どれくらい酷いかと言うと、あのツマがビールを飲めないほど・・・と言えば理解して頂けることだろう。

2007年12月4日
最近、写真が物足りないと思えるようになってきた。

原因は、自分やツマの昔の写真が発掘されて、ぴーの写真と比較することに端を発している。

デジカメが復旧して、
フイルムの枚数を気にすることも無く、現像は印刷になった。
失敗も気にせずガンガン写真を撮るようになってきていて、
非常に便利になってはきているが・・・・・・

写真そのものの表現力が無くなっている。


原因は被写体深度とシャッタースピードかな。

今デジカメの感度はフイルムのISO10000相当を超えるものもある。

自分がカメラ小僧だった時代、フイルムの感度は通常ISO100やISO400。
それが増幅と言う手法で桁違いに上がっているのだ。

結局レンズは小さく、カメラ自体がコンパクトで軽量化。
殆ど全てがカメラ内部で処理されている。


結果として、とっても便利になったのは確かだが、被写体以外もハッキリクッキリ写つり、動きのある写真を写ることもしなくなってしまった・・・・


最近、これと言う写真が撮れていない・・・・・

2007年12月3日
北海道室内選手権の要綱が出た。


北海道選手権に関しては通常どおりの方法と、競技者本人が直接道競技部に申し込むことが可能になっている。


そんな訳で要綱を掲載しておく。


・平成19年度(第16回)北海道室内アーチェリー選手権大会の出場枠について
・北海道室内アーチェリー選手権大会出場申込書


別添資料でランキング表もあるので、自分のランキングを確認したい人はメールにて連絡されたし。

2007年12月1日
肩が故障している。
激痛と言うわけではないが手を上げると鈍い痛みが・・・・


しじゅうかた???(←ツマ曰く老化)


弓は射てるが、爆弾を抱えている感覚・・・・・

さしあたり、実射を減らし筋トレで関節の周りを強化しよう。




中、長期的にみてどうするのがベストなのか悩みどころだ。

もちろん、どんなスポーツも度が過ぎれば体に負担がかかる。
アスリートであれば多かれ少なかれ何らかの故障と相談しつつやり繰りする事が求められるところだろう。

自分の右半身と左半身は、やはり不均等。
関節の変形も数箇所で見られる。
ただ、痛みを伴うのはこれが始めて・・・・



地元開催の全日インドアを目の前にガツガツ行きたいところだが・・・・

はてさて。一体どうしたものか。