2002年3月27日 ナニ自分だけちゃっかり更新してるの〜。
           ずるいずるい〜〜。
「そういえば」

オットの独り言を見て思い出した。
そうそう、オットって高校のとき生徒会長をリコールに追い込んだ張本人だったんだよね〜。
本人が否定しても、一般市民の私にはそう見えていた。
そのころは、「清水浩」と結婚するなんて、これっぽっちも思わなかった。
あの頃の私に言いたい・・・「こいつと結婚するんだよ!!」

この話をするとみんな口をそろえて言う。
「それは、逆なんじゃない」
あの頃のオットに「こいつと結婚するんだよ!!」と言いたいらしい。なんでだよ。
新年会で、大学の同期が集まったときも、同期同士で結婚したカップルに友達が「この二人は『楽しい』・・こっちの二人は『不思議』」と評しているのに、「清水のところは『忍耐』だよね」
どうしてだよ。
私と一緒にいることがどうして『忍耐』なんだよっ・・・って『忍耐』かも。

とりあえず、オットへ。
焼肉食べた次の日の朝にカレーライスを食べるのはもうやめましょう。

つれづれなるままに!
ツマでした。

2002年3月25日 「のっぽさんとゴン太くん」
オットは器用だ。
それに比べて私は人から器用と言われたことすらない。
英語の表現で、不器用な人の手のことを
「指が全部親指で出来ている」という言い回しをするらしい。
私の場合は「足の親指」ではないだろうか。
オットは気がつくと、隣で何か作っている。
その姿を見て、ふと、思った。
「のっぽさんみたい」
・・・そしたら、私ってゴン太くん?
考えれば考えるほど、ぴったり。
のっぽさんの隣で、ただ「ふごふご」いっているゴン太くん。
のっぽさんのマネをしても結局うまくいかず「ふごー!」と吠えるゴン太くん。
そして・・・体型・・。
私って、私って・・・
ゴン太くんだったのねええぇぇぇぇ!!

2002年3月24日 「本多さん」
本多さんが、全日で優勝した。
すごい。すごすぎる。
いつも、一緒に試合している人かと思うと、自分のことのようにうれしい。
なにしろ、本多さんは、本当にいい人だ。
「あわわわわ」状態の私にも色々と教えてくれた。
アウトドアでの試合では、自分が打った矢がてんでばらばらで点数がうまく読めない
私をよく待ってもらった。
的よりはるかに高い屋根を打ってしまったときは、矢を拝んでくれた。
「当たらないときはどうすればいいんですかねぇ」という、アーチェリーの根幹をな
す私の質問にも、本多さんはさらりと答えてくれた。
「祈る」
重ねて言う。
すごい。すごすぎる。
はやく、追いつきたい。
みんなで一緒に全日に行けたら最高!ですね。

2002年3月15日 「電話」
就職してナニが一番怖いって「電話の受け答え」
友達は1ヶ月で慣れるといっていたけど、私は3ヶ月たっても電話恐怖症でした。
「おはようございます。いつもお世話になっております」が
「いつもおはようございます」
と、言ってしまう事は日常茶飯事。
単なる営業と、馴れ馴れしいお友達の違いも分からず右往左往。
しかし、半年、一年とたつうちに、だいぶ恐怖が薄らいできました。

個人事務所のため、所長は外回りに行くことも多く、お客様から電話を受けても「外出中」「何時に帰るか分かりません」状態が続きます。
どうしても、「出たり入ったり」なんですよ。
それで、あるお客様に「出たり入ったりなものですから」と、言い訳しようとしたところ、
口から出てしまったのは
「飛んだり跳ねたりしているものですから・・・」
相手のお客様は「それは大変ですねぇ」と一言。
所長が飛んだり跳ねたりするところを想像して笑ってしまった。
ごめんね、お父さん。

つれづれなるままに
ツマでした!

2002年3月14日 「ツマの門限」
皆さんは、ツマの門限ってどう思います?
妻だってタマには飲みに行ってもいいと思いません?
 
実は、去年、午前様をしたことが一度だけありました。
R子さんと二人で飲んでいたら、あまりの楽しさに時間を忘れてしまったのです。
だって、R子さんは、私と同じ18歳でとってもかわいい人なんだもん!
オットもR子さんをよく知っているはずなのに・・・。
以来、「飲みに行っていい?」と聞くと「だめ〜帰ってこないから〜」と一緒についてくるようになりました。
ま、いいんだけどね・・・。

つれづれなるままに
ツマでした!

2002年3月11日 「オット」
結婚したら、相手のことをなんて呼びますか?
名前に「君」付け?「ちゃん」付け?
私たちは高校時代からお互いを知っていたので、それなりに長い間「清水くん」と呼んでいました。
それを、結婚したからって「浩さん」なんて呼べるかっつーの!
しかし、「清水くん」と、呼ぶのもヘン。私も清水になったんだし。
「ひろし」と呼び捨てもぴんと来ない。まるで『ど根性カエル』の主人公みたいじゃないか!
なんて呼んでいいのか分からないまま、仮に「オット」と呼ぶことにしました。
これは、ご存知の方もいるかもしれないけど「けらえいこ」さんの漫画の中で、自分たちのことをかいてあるシリーズでそういう呼び方をしているんです。

しかし、これには大きな弊害が。
ある日父の前で「オット」と使ってしまって以来、父は「オット」が大のお気に入り
になってしまい、率先して使うようになってしまったのです!
「今日はオット迎えに来るのか?」(たまに迎えに来てくれる)
当然、私の母も「オットはオカラ食べる?」(お母さん、オカラありがとう)
オットはどんどん広がり、祖母(93歳)までもが「オット」と呼ぶように・・・
以前、オットの会社の人たちとキャンプに行ったときも、子供にまで「オット!オット!」
ほとんど「あだ名」状態・・・。
私のオットだってば!

いまだに呼び方に迷う、結婚3年目。
誰かいい知恵あったら教えてください。


つれづれなるままに
ツマでした!

2002年3月9日 「病院」
滅多に風邪などひかないツマですが、先日、右耳の下が腫れたことがありました。
今回はその顛末記を。

あまり病院にいったことが無い私。
ちょっとワクワクしながら診察を受ける。
「あら〜どうしたのかしら〜」
先生・・・それを聞きたいのは私のほう。
のどの奥を一応見てもらい、ツマ「おたふく風邪ではありませんよね。何度も経験したし。」
「おたふくかぜねぇ」
先生はそういったきり、「虎の巻」みたいな本を熱心に読んでいる。
急に席を立ったかと思うと隣の部屋に行って鼻をかんでいる。
「鼻風邪ひいちゃって・・・」
「それは大変ですねぇ」ってどうして私が医者に言わなきゃならないんだ!
そうこうしているうちに、知り合いが来たみたいで、受付に行ってしまった。
「これ、読んでおいて」って、虎の巻を・・・
私が読むんかい!
いきなりおたふく風邪に詳しくなるツマ・・・
先生が戻ってきても、曖昧な診察のまま終わる。
一度も聴診器は使われなかった。
先生の首にかけてあったものはネックレスなのかもしれない。
とりあえず、抗生物質とか、2,3種類の薬をもらうことになる。
ここで、自慢のシステム登場!
カルテも、薬のデータも全部、PCに入力していくのだ!
先生の机の上には最初からカルテは無く、17インチの液晶モニターがでで〜んと鎮座していたのだ。
しかし、それからが大変だった。
例えば「しみず」2錠と「ひろし」1錠という薬を処方しようとする場合、
まず「si」と入力し、「し」の薬一覧が出てきたら「しみず」を選択。そして2(錠)と入力。
それから「hi」と入力し、「ひ」の薬一覧が出てきたら「ひろし」を選択。そして1(錠)と入力。
・・・慣れればかなり早い作業になると思うが。先生はまだ慣れていなかった。
「si」を入力。「し」の一覧から「しみず」を選択するところまではいいのだが、次に「hi」を入力しようとするもんだからエラーメッセージ!
「あら、あら、あらあら」何度もやり直す先生。
そのたびに初期画面に戻り、仕事を抜けて診察してもらっているツマは少し時間が気になってきた。
仕方なく先生に教えてあげた。
「先生、そこは数量を入力するところです。」
一件落着。
診察室を出るとき、先生はツマに言った。
「美味しいもの食べて、あったかくして、ゆっくり寝てね」
ありがとう、先生。
でも、そんな暇あったら、病院こないよ。

今回はこの辺で。

つれづれなるままに
ツマでした!

2002年3月8日
はじめまして。
ツマです。
皆さんは、私のことを良く知らないと思いますので、コーナーをオットの好意により設けてもらいました。オット、ありがと。
初回の今回は、自己紹介を兼ねて、私のことをお話します。

私は親の自営業を手伝っている事務員。
そういうと皆さん「いいわね〜」とおっしゃいますが、これがなかなか・・・・。親戚なんかは「手がすいたときにちょこっと手伝っているんでしょ」なんて考えているみたいですが、これが大間違い!
フルタイムよっフルタイム!
朝は8時半に出勤してゴミを集め、掃除をし、必ず5時半までは事務所にいます。仕事が終わらなければ当然それ以降もいます。
昔は、休日でも仕事があれば出勤していました(今は不況のため、あまりその必要はない)ひどいときには「大至急」と言われ日曜に出勤してみたら「ファックス流して」そ・れ・だ・け・か・い!(さすがに今はこんなことありませんが)
親子だから、遠慮がないって言うか、(今日は暇だろ)(昨日は飲み会)ってことが確実にばれている!
働きづらいことこの上ないぞ〜!でも、気兼ねないし、一人でのんびり出来るし、セクハラは無いし(当たり前)良い職場です。とりあえず。

生まれは苫小牧ですが、小学校中学校と西区におりました。
今でも、農試公園、琴似駅付近は「心のふるさと」
15歳で中央区に転居し、札幌市立M高校に入学。
そこにいたのが、ヤツ・・・もとい、オットだったのです。
しか〜し、私はオットのことをあんまり覚えておりません。
だって、ほかの人が好きだったんだもん。
確かに1年のときは同じクラスでした。一緒に学級代表もしてました。
2年3年と同じクラスではありませんでしたが、隣のクラスだったので「体育」は3年
間いっしょだった・・・はずです。
この時期の話はそのうち別にお書きしましょう。
その後、無事に大学にも進学し(高校・大学とも、大泉洋と一緒)卒業後、間違って
親の手伝いをしてしまい、今に至っております。

これで、すこ〜し私のこと、わかっていただけたでしょうか。
これからは、身の回りの出来事を不定期で書いていきますね。

では!
つれづれなるままに
ツマでした!