2005年4月8日
そういえば、皆様、見ました?
「フリスクのCM」
先日、テレビを何気なく見ていた時、二人で「ああああっ!」と、叫んでしまったよ。
いつも、にやりとしてしまうような、ユーモアたっぷりのCMを送り続けているフリスクだが、今回は必見である。
そう、それは

「アーチェリー編」

びっくりしたな〜。
でも、自分が知っている競技がテレビに出るのはなんだか嬉しい。
(見ていない人はフリスクのHPにGo!)
よく見ると、矢じりがついていたり、見たことない的紙だったり、
特に出演しているあの男の人は誰?等、謎は深まるばかりだ。←大げさ
それにしても、とうとう、「アーチェリー編」なんていうCMが流れるようになりましたか・・・

さて、行き当たりばったりで旅行を決めた私たちだが、
インドネシア&バリ島なんて、知らない事だらけだ。
オットは家のDVDで「バリ」をキーワードに色々録画を試みたらしい。
すると、バリ島がチラッとストーリーに出てくる韓国ドラマが引っかかり、
オットが一番録画したかった番組が録画できなかったそうだ。
本当に涙目になっているオットを久しぶりに見たよ。
でも、一番可笑しかったのは「ズバリ言うわよ!」を録画してしまったことだ。
二人で「誰がこの番組を録画したの?」と首をかしげたが
「ズバリ」→「バリ」で引っかかったことに気がつくまでしばらく時間がかかった。
恐るべし細木数子・・・(違うと思う)


つれづれなるままに
ツマでした!

2005年4月7日
先日、ほろ酔いで東急ハンズをふらふらしていたら、
「お値下げ品コーナー」で大きな飾り物を見つけた。
木の額縁で壁掛けのもので、横1メートル弱縦30センチくらい
地が金色で「大入」と赤字で書いてある。
真ん中に握りこぶし大の鈴が3つついていて、その左側に「客の」右側に「なり」と書いてある。
(その心は・・・客の鈴なり?)
なかなか立派なものだ。
値札は・・・1050円。
センゴジュウエン??
即行お買い上げ〜。(持ち帰るのが重かった)←もちろん、オットの役目
早速勝手に事務所に飾ってみた。
人間、意外と上は見ないもので、父も母も私が言うまで気がつかなかった。
父は案の定大喜びだ。
「私のお小遣いでも買えたよ」というと、「俺の小遣いでも買えそうだな〜」
・・・買えますって。
父も早速ハンズに行ってみたようだ。
で、「無かった!」と、おかんむり(笑)
「もう一つ欲しいよなあ」(何に使うんだよ。誰にやるんだよ。)
仕方なく、もう一度私がハンズに行ってみた。
あるじゃん・・・何故これが見つけられない?
でも、最後の一つで箱が無かった。
だが、父が欲しいと言うので、お買い上げ。
こっそり「元値はいくらだったんですか?」と聞いてみると
36700円だとか。
・・・確かに、言われてみればその位しそうな代物だ。
なんだか得した気分。(でも、本当は売れ残りでは?)


つれづれなるままに
ツマでした!

2005年4月6日
腕と腰と肩が・・・いーたーいー
無理をしたのか、根性無しなのか、早速筋肉痛。
近射なんか嫌いだ。
オットに「手首の力を抜く!」「腹を引っ込めろ!」と言われるのだが・・・
言われれば言われるほどやる気がなくなる。
「勉強しなさい!」と言われる小学生並かも。
でも、腕や腰が痛くなるというのは、間違った体の使い方をしているはずなので、どうにかしたいと思う。
(・・・毎度思う)←思うだけかっ

さて、来週の今頃・・・私はバカンスに出かけることになった。
にやにやにや
えへえへえへ
昨日、お金も払ってきた。後は行くだけである。
今回は「ゆっくりのんびりする」のが主な目的だ。
いつもの旅行ならホテルやプランも格安にして、どかじゃか遊びまくるのがオッツマ流であったが、今回ばかりは違う。
今まで、候補にすらのぼらなかった所に行くことにした。
そして、「ぷかぷかぐーぐー」(泳いで寝る)だ!
(実際は「もぐもぐぐびぐび」かもしれないけど)
なのにオットったら
「ダイビングのライセンスを取るって言うのは?」
「市場に行こう!」
「世界遺産は外せないよな〜」(これは私も興味があるが)
おいっ!
今回の旅行はツマのセンチメンタルジャーニーなんだぞ!(←それはちょっと違う)
初めての「南半球」だ!
期待は高まるばかりである・・・
先日の地震で大きな被害があった国だが、震源地から2800キロ離れている。
そう、その場所とは
『バリ島』
まじっすかっ!!
もし、休みが取れれば、ニューヨークとか、ラスベガスとか、
「遊びに行く(あるいはべガスシュート?)」場所に行こうと思っていたのだが、
まさか二人でリゾート地に行くとは思わなかった。
のんびりさせてもらいます・・・。
(オットはストレッチバンドを持っていくそうだが)
そんなわけで、ホテルもちょっと高め。(というか、最低ランクではない)
「ショッピング・観光に便利」じゃなくて「ホテルステイを楽しむ」所に泊まることにした。
今までの私たちには考えられなかった選択だ。
さて、どうなることやら・・・
聞くところによると、治安もあまりよくなく、もともと賄賂の国であったという。(なんだそりゃ?)
どこで何をぼられるか、楽しみなような気もしてくる。
(特に空港では、ぼったくりポーターが信じられないほどいるそうだ)
向こうの言葉で散歩のことを「じゃらんじゃらん」というそうだ。
(旅行雑誌はここから命名・・・のはず)
じゃらんじゃらん・・・お金を落とす音にならないことを祈る。

もし、バリ島情報をお持ちの方は、是非、ご連絡を!


つれづれなるままに
ツマでした!

2005年4月5日
昨日、近射してみた。
オットが「とりあえず、100本だ!」というので、実に2ヶ月半ぶりに、弓を手に取った。
思えば、練習をサボりまくってあの事件。
すっかり遠ざかっていた。
案の定、重い・・・。
2本目で肩が痛くなった。  はやっ!!
30本目でゼェゼェ
40本目で限界
結局50本で許してもらった。
しかし後半は射形や肩の位置がもうめちゃくちゃ。
ふんっ!と弓を持ち上げ、セットアップもままならないまま、ふぬぬぬぬぬっとひいてくる(顔はしかめっ面)
先は長いぜ・・・
しかし、今月24日には函館でフィールドの試合があるのだった。
間に合うのか??
ちなみに、市内の射場が使えるようになるのも同日だ。
毎度、サイトが取れないままに挑む試合になる。
・・・チャレンジャーツマ。(それでいいのかーっ)

さて、あれからの生活について少し書いておこうと思う。
身体的に辛かったのは「胸が張る」ということだった。
今まで、「肩が張る」やら「腰が張る」ということもなく(単に感じないだけかも)妊娠中も「お腹が張る」事はなかった。
しかし、退院して2日後だったか、急に胸が熱くなり(感動しているわけではなく、物理的に)本当に「ぱんっぱんっ!」状態になったのだ。(しかも痛い)
・・・驚いた。
もう、赤ちゃんがいないのに「おっぱい」に変化しようとしていることがちょっと切なくもあったが、
「ミルク状のものが出るようならホルモン剤を投与する」と病院に言われていたので、それを避けるべく、とにかく冷やすことにした。
といって、我が家に「熱冷まシート」や「冷えピタ」といったこじゃれたものはない。
キャンプ用にとっておいた保冷材があるだけだ。
「食べられません」とか「厚岸の牡蠣」とか書いてある。
最初はタオルにまいていたのだが、そのうち面倒になり、保冷材を胸に直置きして寝ていた。(夜にひどくなる)
しかし、ある日、悲劇は起きた。
朝目覚めると、わき腹になにやら透明なぬるぬるしたものがびっしりついている。
保冷材が破裂していた。
なによっ私が重いって言うの?(いや、重いんだよ・・・)
私はそれを「ハウステンボスの呪い」と名づけることにした。
(単に、ハウステンボスと書いてある保冷材が破れただけ)
保冷剤との格闘は2週間ほど続いた。

それにしても、胸は戻ったのに、どうして腹は戻らないんだろう・・・
ナゾだ。


つれづれなるままに
ツマでした!

2005年4月4日
全国5万の独り言ファンの皆様(ウソ)
ご心配をおかけしております(現在進行形)
ツマは結構元気です。

実は、医者には止められたが、退院後、職場直行だった。
実際、丸々休んだのは一日だけだったのだが、タイミングが悪かった。
(詳しくは後日)
どうも、家族経営だと逆に甘えられないものだ。

だいぶ落ち着いてきたが、まだ平常には戻れない。
ひきこもりたい気分だ。
「ひきこもるほど、お金がありません・・・」 ヒロシになってしまう。
一人でいると落ち込みそうになるのだが、かといって、誰にも会いたくない。
なんとも複雑な気分が続いている。

それなのに(と言っては不謹慎だが)
祖母が亡くなった。
一族郎党と顔を合わせる羽目になった・・・。

祖母は、伝説をたくさん持っている人だった。
好奇心旺盛で、食べるの大好き。
晩年は2年ほど施設に入っていた。
去年の七夕では、他の人が
「早く元気になりますように」
「家に帰りたい」等々短冊に書いている中、一人
「おいしいものが食べたい」と書き、読む者皆、体の力が抜けた。
リハビリでは「(足を)ゆっくり動かしてみようか?」という言葉を無視し
しゃかしゃかとせわしなく動かして見せてくれた。

そんな祖母も98歳の誕生日5日前に安らかに旅立った。
長寿である。
皆「いつかは」と言う気持ちがあったのか、取り乱すようなことはなく、どちらかと言えばイベントのようだった。
私は、あまり身近な人の不幸に立ち会ったことがないので、忙しい中、色々見せていただいた。
湯灌の代わりに、体を拭いてあげる作業から立ち会った。
係の人が最後の化粧までしてくれる。
私は足袋を履かせてあげた。
・・・かかとつるつる。・・・うらやましいぞ。
病院に入っていたわりに、痩せていない。(そりゃ、食べるの大好きだから)
係の人も驚く美しさだった。(お世辞でも嬉しい)
「おばあちゃんの好きなものは何ですか?」
私は思った。「カツカレーとラーメン」
おばは言った。「寿司」
父は言った。「うに」
係の人は固まっていた。「・・・お棺に入れてあげてもいいのですが・・・寿司ですか?」
髪もとかしてくれた。おばは言った。「カールしてあげてください」
係の人は固まっていた。
そのとき、母のしていた指輪の石が外れた。
・・・おばあちゃんは指輪が欲しかったのかも。

遺影は、私たちの結婚式の時の写真を使ってもらった。
笑顔がかわいい写真だった。
私は体力の関係もあり、斎場にお泊りするのは控えさせてもらった。
残念だ。
通夜のあと、一晩中おきていたのは、私の兄弟だけだったらしい。
そう、久しぶりに石坂三兄弟がそろったよ。
今回はオットも道北にいたので通夜に参加してそれからしばらくしてから帰ることになったので、告別式等は久しぶりに三人だった。
(いつもは誰か配偶者がいる)

初めて里塚斎場に行った。
しかし、出遅れたか、バスの中で一時間待たされた。(友引後だったので混んでいたそうだ)
あんなにきれいな祖母を焼いてしまうなんて、なんだかもったいない気分だった。
私は思った。「おばあちゃん、元気でね!・・・死んでるけど」
不謹慎この上ない。
不謹慎と言えば、バスの中での斎場の待ち時間は最低だったかも。
「何で焼いているのかなあ?電気とかガスとか?」「原子力?」
「どうする?里塚斎場に『本格炭火焼』って書いてあったら」(この時点で前に座っていたおばが吹き出す)
「外はこんがり中はジューシー?やだよ!」
正解は白灯油だそうだ。
待つというのは辛いものだ。
「さっさと焼いちゃえよなー」「強火でさー」「骨もスコップかなんかで拾うとか」(・・・不謹慎)
本当に、順番的に最後のようだった。
「年齢順?」「真打登場!大トリ!(←寄席で最後に登場する人のこと)」「お囃子がないぞ!」「くすだまでも割れないかな?」
・・・この会話、全て祖母も聞いている気がする。いや、聞いているに違いない・・・。

祖母は骨もたくさん残っていた。
本当に長生きだったのでお葬式もお祭りのような雰囲気だ。
「こうありたい」と思うような最期だったと思う。

祖母のすごいところは
初七日が三連休中で
四十九日がGWである、と言うところにも現れる。
さすがだ・・・。




お葬式のせいではないが、なんだか、大変疲れたように思う。
オットは、そんな私を哀れに思ったのか、南の島に連れて行ってくれるという。
ありがたいことだ。
新婚旅行以来、こんなに休んだことないというほど休暇を貰うことにした。
(ちょっとぶち切れたかも)
詳細はまた後日。


つれづれなるままに
ツマでした!